中学校不登校で定時制の高校に通っていた受験生の京大合格までの軌跡的なもの

こういう臭いのは書くべきか迷ったんですが、僕自身が先輩方の記録(特に長衣有希(超)勉強日記 2nd 〜大学受験編〜(嶺井祐輝さん)や東大理1に1年で受かった勉強法(LonLonさん))に大いに励まされた経緯があるので、書いておくことにします。
3月29日。ひと段落着いたので、ちびちび書いていたものをアップ。

  • ※いろいろ頂いたコメントをもとに、近日中に加筆修正します(2013年4月26日)
  • ※加筆修正しました(2013年5月12日)
  • はてなブログの方を加筆修正しました(2014年8月25日)

背景

  1. 小学校の終わり頃から不登校
  2. 中学校3年間ほとんど授業受けてない。
  3. そのせいで受験できる高校がほぼ0だった。
  4. 唯一可能性のあった県立高校(定時制)に進学。
  5. 定時制と言っても必ずしも夜間に行くわけではなく、時間帯が分かれていて入学時に個人で選択するシステム。僕の場合は10時頃から1限目が始まり、辺りが暗くなる頃に下校って感じでした。
  6. 以下少し母校の"大学受験的な"話。
  7. 英語の一番最初の授業で受けたテストに「アルファベットを26文字で書け」なんて問題が出る。
  8. 入試で使ったけど履修出来なかった科目: 数学B、物理II、化学II、世界史B
  9. 理IIと化学IIが開講されない代わりに物理I、化学Iを2年かけて履修するというシステムになっている。
  10. しかし化学Iが2年かけても終わらなかった。有機化学はどこへ。
  11. 単位制なので授業を何個か落としても卒業できるという利点はある。
  12. センター試験受験者6人。
  13. 国公立大学受験者たぶん2人(僕含め)。



なぜ京大を目指したか

中学2年生ごろだったと記憶しています。僕が学校に行かずに家でぐうたらしていた頃ですが、誕生日に京都に住む叔母からプレゼントが届きました。

これです。京都大学のシャーペン。
高校に進学することすら危うかった中学時代。大学進学、ましてや京大なんて無理だろ、とそのときは思いました。
でも、なんとなく惹かれていました。往生際が悪かったのです。京大に行けば10代半ばの失墜から戻ってこれる気がしました。

高1

学校の授業
  • 3年間のうちで一番真面目に授業に取り組んだ
    • 夏までは家で予習ノートをつくっていた(重要な用語を取り出して説明を書き出す)→後に効果はあるが時間がかかりすぎるので辞めた
    • テスト前は、「練習問題をすべて解けるようにしておく+用語を書けるだけではなくその説明ができるレベルまで覚える」を目標にして勉強(solution: とにかく書く)
    • 2回目以降のテストはほとんど満点→学校の授業をナメ始める
  • 英語に関しては定期的に文法参考書の小テストがあって、毎回満点を目指して勉強していた
    • 例題と章末問題はすべて解けるようにしておく(solution: とにかく(略))
    • 例文日本語を見て英語に直せるようにしておく(solution: とに(略))
    • 授業の内容に比べるとこのテストはすごくマトモで(なぜか期末試験より難しかった)、満点を取るためには細かい事柄まで覚える必要があった
      • 結局10回近くテストがあったが、満点を取れたのは2回ほど
    • この勉強で復習の必要性を感じて、以降は印を付けたりして必ず前回間違えたものを解き直すようにした

チャート式シリーズ ラーナーズ高校英語 五訂版 (チャート式・シリーズ)

チャート式シリーズ ラーナーズ高校英語 五訂版 (チャート式・シリーズ)

部活動
  • 入学前から入部しようと心に決めていたコンピュータ部が潰れていた→作った
    • この後2年に渡って、部員に競技プログラミングを半ば押し付けてコンテストに参加したり、文化祭に出品したり、いろいろ遊ばせてもらった
検定
  • 春から夏にかけて漢検4級・英検4級を取得
    • 初めての漢検だったので無駄に警戒。たしか1か月くらい授業開始前に30分〜1時間漢検問題集を解いていた
    • 試験場に行くと周りの平均年齢が低すぎて萎える。そりゃそうだ。検定のレベル的に
    • 漢字の書き取りの練習がクイズのようで面白くて、引き続き漢検の問題集で練習したり、国語の授業の漢字問題集も授業の進度を無視して取り組んだ
      • すると年度末の試験で漢検準2級(高校在学程度)に満点-2で合格

4級漢字学習ステップ 改訂版

4級漢字学習ステップ 改訂版

夏休み以降:独習の気運高まる
    • 夏休み中に学校の先生に何冊が問題集を貸してもらって、進度を無視して独習するようになった(学校の先生もこのあたりからいろいろ手助けをしてくれるようになった)
    • 青チャートを買った
      • 初めは「練習問題」も解いていたけれど時間がかかるので例題だけのスタイルで定着した
      • 月〜土:前日間違えた問題の復習+新しい問題、日:1週間分の復習というスタイルが定着したのもここから
      • 先取りすると授業で暇を持て余してしまうと思ってゆっくり進めていた。そういう時代もあった
    • 進学者補習(昔からあったらしい)に参加
      • 国語は論述の添削
      • 数学は進研模試の小問集合の添削
      • 英語は文法問題集の復習(これが最高だった)
  • 授業で英語の先生に頼んでみると+αの課題を出してくれた(長文問題+和訳の添削)

新課程チャート式基礎からの数学1+A

新課程チャート式基礎からの数学1+A

春休み前後
  • 初めて進研模試を受けた。名大がCだった気がする
    • でもこんな時期の判定なんてほとんどただのアルファベットだと思う
  • 青チャートIIを購入→忙しくなって挫折
  • 英語の先生が集中補習をしてくれた
    • ここで文法問題集がほぼ終了(≒高校で習う英文法がほぼ終了)
  • 基本情報技術者(資格)の勉強をしていた→『基本情報技術者受かった。 - tnn-jp.hatenadiary

高2

全体
  • 部活委員会活動資格取得にいそしむ
  • 勉強は英語数学がメイン
    • この時期に理科をちゃんとやっとけば直前でカツカツになることもなかったのだ…
    • まだ計画性に乏しく、とりあえず好きなものから勉強していた
夏まで
  • いろいろやることがあったらしい
  • 英語の先生から問題集を借りて、毎朝2ページずつ進めて3-4か月で解き切る
    • はじめての入試用問題集で、やりごたえがあった
  • 数学は相変わらずチャート式は放置気味で、学校の傍用問題集を解いていた
  • 漢検2級に合格

夏〜秋
  • はじめて河合塾の夏期講習に参加(英文法・古文)
    • 英文法は特に学ぶことなし
    • 平均的なクラスだったが、基礎がわかっていなかったのでついて行けず
  • 古文の勉強をはじめる(とりあえず活用を覚えた)
    • 何冊か本を買うが、演習が不十分で定着せず(一時的にできるようになっただけ)
  • 数学IIの勉強を再開→生徒会とか部活とかに打ち込んでサボりまくる
  • 英語はやっと入試対応の単語帳を購入*1
  • 物理がなかなか理解できず何冊か本を読むが、いまいち突破口が開けない感じ
  • 高校の先生がいろいろ添削課題を出してくれるようになった
    • 数学: かなり手応えのある問題を解いた(国公立とかの)
    • 英語: 英文和訳(毎日)*2
  • 勉強以外のことが忙しかった
    • 競技プログラミングのために、問題を解きまくっていた
    • 委員会活動が佳境だった*3
    • タイピング的な何かの検定に合格した
冬〜春
  • 数学Bを高3で履修するつもりだったが、無理なことが判明→学校で白チャートを借りて冬休みに勉強
    • 冬休みで時間が有り余っていたこともあって2,3週間ですべての例題を終了
  • 英検2級に合格(面接が嫌で3級,準2級は受けなかった)
  • パソコン甲子園の本戦に参加*4
  • 情報オリンピックの予選に通って東京の本戦に参加*5
  • 春から漢文の勉強を(やっと)はじめる
  • 春休み中には青チャート数学IIを終わらせたり、物理・化学の問題集を人からもらって勉強し始めたり

チャート式 基礎と演習数学2+B 改訂版

チャート式 基礎と演習数学2+B 改訂版

高3

春休み〜7月

情オリでボッコボコにやられたことを機にプログラミングから離れていきました。
部活自体は7月まで続けていました。学校のサイトのデザインを触らせてもらったり、後輩のお世話をしたりしてました。楽しかった。


英語以外の全ての科目を学校に頼らず自力で対策しないと合格が不可能なのは分かりきっていたので、春休み中に大体の勉強の計画を立てました。
夏までは高校数学の基礎を完成することを第一目標にしていました。なぜなら進学校は高2で全範囲終わらせるという噂に恐れおののいていたからです。
実際は急ぎすぎてガタガタになりました。


理科の勉強は残念な感じで終わります。数学も手薄で全体的に残念な感じになりました。
この辺は第一回全統マーク模試結果第一回全統記述模試結果を見ても明らかですね。

夏休み

学校は休みですが、平時の授業が受験に繋がらない受験生にとってはむしろここが頑張りどころです。
河合塾夏期講習を4つ受けました。あんまり取りすぎても自分の勉強時間が削られてしまうのでこれくらいが丁度よかったと思います。ここに来て力学がやっと開花しはじめました。『物理のエッセンス』の著者の講座だったのだけれど、かなりよかったです。…化学は相変わらず。

物理のエッセンス力学・波動 改訂版 (河合塾SERIES)

物理のエッセンス力学・波動 改訂版 (河合塾SERIES)

夏休みは模試が集中します。僕はもう京大志望と決めて京大即応OP(河合)京大実戦模試(駿台)とマーク模試だけ受けることにしました。
結果は…推して知るべし。マーク模試は撃沈OP・実戦は轟沈。OPはしっかりD判定(最低の判定)をいただきました。ありがとうございます。

9月〜12月

学校を早退して河合塾に通い始めます。他の科目に充てる自習時間を確保するために、科目数は数学(京大対策)・物理(ハイレベル)の2科目に絞りました。


秋から冬にかけて再び模試がありました。
化学は相変わらず死んでいますが、進歩はあったようでホッとしました。


ぼちぼちセンター対策をする人もいるようですが、僕はぎりぎりまで二次対策をしていました。京大ですし。
センターで一番配点の大きい世界史Bだけは秋から詰めていきました。が、12月初めのセンタープレが不発に終わります。


そしてサボり続けた英語の単位を落としました。

冬休み

学校は休みですが、平時の授業が受験に繋がらない受験生にとってはむしろ(以下略)
河合塾冬期講習を4つ受けました。夏期と同じく。いい感じに穴を埋められたので良かったと思います。

1月

センター試験を目前にして士気を上げるべき時ですが、学校から出された冬休みの「しゅくだい」のせいで萎えます。
でも冬休み中に"故意に単位を落とした罪"生徒指導を受けてしまったのでがんばって真面目に通いました。
さすがにセンター前日は学校を戦略的欠席して1日中世界史の総復習をしましたが。


そしてセンター当日。
京大工学部志望の僕にとっては、1日目が全てで2日目は消化試合のような気持ちでした。結果はまあまあ。
ここで大好きだった世界史とお別れです。夜、教科書やら参考書やらを机から撤去したらちょっと泣けました。もはや病気です。


センター終了後からは過去問演習。
平日に京大を少しずつ。土日に早慶を2年分ずつまとめて。という感じでやっていました。1日で早慶2年分はきつかったのでちょいちょい諦めました。
化学はこの期に及んで全範囲終わっていません。理論化学は捨て始めました。

2月

月初めに学校の卒業考査が1週間かけて行われ、終わると自由登校期間とかいう実質春休みに入ります。
学校は休みですが、平時の授業が受(以下略)


14日と16日に早慶を受験してきました。
手応えは皆無!数学はどちらもきっと0完。英語しか仕事しませんでした。厳しい。
意気消沈した。しかも帰路で早稲田の受験票失くした。いまだになぜ両方通ったのかわからない。


悶々としながら日は過ぎて(早慶落ちたと思っていたので)、とうとう本番。


1日目。国語と数学。
国語は相変わらず出来たのか出来なかったのかよくわからない感じで出しました。
数学は驚くほど易化していたので、これはミスれないなと思いつつ埋めて5完1半くらいの気持ちで提出。ホクホクしながら帰りました*6


2日目。英語と理科。
英語は得意だったのでいつも通りにやって提出*7
理科もいつも通り…と行くつもりが、物理の大問2で詰まり物理爆発*8。化学は焦りすぎて計算が合わず、唯一できるはずの有機に歯が立たず大爆発*9
そして帰りに駿台の人から渡された解答を見て、昨日の数学が1完だったことが判明。ハートが粉々になりました。
帰りに鴨川沿いを歩いていたら泣けてきました。

3月

卒業式も微妙な心境のまま終わってしまいました。
厳しいよなあと思いつつ、ひたすら10日を待っていました。


で、10日。家のパソコンから合格発表を見ました。
受かってました。



まとめると

僕は寝る間を惜しんで勉強していたわけではなく(いつも11時半までには勉強をやめて12時までには寝てました)、遊びを全部排除していたというわけでもなく(しょっちゅうギター弾いていました。おかげで1年前よりはるかに上達しました)、塾の自習室や学校は雰囲気が好きになれなかったので、家で音楽垂れ流して(いつもJUDY AND MARYのKYOTOでやる気を出してました)、大好きなコーヒー牛乳飲みつつ勉強していました。
勉強の量で言ったら僕より多い人は山ほどいると思います。


そんなにガツガツしなくてもちゃんと要点を押さえてやることやっていけば大学入試をしのげるくらいの力はつく気がします。あとは本番でそれを発揮するメンタルがあればたぶん大丈夫。

だからあんまり悲観せずに。
特に不登校児諸君。諦めるのはもったいないです。
僕だって3年前の4月にはこんなポストで醜態を晒していたわけですし。


思えばシャーペンをもらった頃は希望も何もない酷い有様でした。
いまなんとか這い上がれた気がします。
その先に行くのはまだまだこれからですね。

*1:それまでは高校の易しめの単語帳を使っていた

*2:1年間で結局問題集2冊分くらい

*3:文化祭忙しすぎ

*4:不名誉な結果に

*5:トップランカーとの圧倒的実力差を見せつけられた

*6:後日談:5割くらいでした

*7:後日談:結果ひどかった

*8:後日談:なぜか点数良かった

*9:後日談:正しい